Art Space Seiko

”どうして、どうしてーーー? ”




      テレビで島を美術館にしているのを見ました。 なにか安藤忠雄さんが関わっているみたい。 うちの奥さんからそのよう
      な情報をもらいました。 島を美術館にするーー面白いと思いました。

      幸せなことに安藤さんの事務所の近くに、私の友人が住んでいましたので、事務所でその島のことを尋ねました。 それ
      が直島文化村でした。 交通機関のつながりが良ければ、大阪から3時間位でいけます。 大変興味を持ったのでしょう。
      さっそくあくる日(3月17日)雨の中を出かけました。 ひとこと楽しかった。
  山の頂上の美術館ーーそこからの眺望ーー美術館とともにある美術作品をかざったホテルーー現代美術のコレクションーーキャンプ場のカラフルなパヲーー屋外の彫刻ーー

時季はずれだったので、人手が大変少なくてこの広大な空間(山のテッペンから見下ろす瀬戸内海、海岸では霞んだ海と空)をほとんど独占出来ました。

町の中にも展示があるようでしたが、時間がなかったので、それらは次の機会に。(西田有輝)







梅澤 和夫


              ひかり


桃の咲く頃
季節はずれの風邪をひいた
ふと窓を見れば柔らかな陽射し
庭に出てみた
柔らかな陽射しが
ぼんやりとした意識を包む

寝てなさいといったでしょ

透き通った声が私を覚醒させた
怖い顔をしたあなたが立っている
その目には私しか映っていない

桃の咲く頃
季節はずれの風邪をひいた
そして、あなたの心に触れた


”どうして、どうして”と言う言葉を聞くと ムチャクセイキョウの歌を思い出します。 あの歌が流行ったのは幼稚園生の頃で デュビデュバー、パパパヤー と歌っていました。

子供の頃は見るもの聞くものすべてが ”どうしてだろう”と疑問に感じました。

疑問は混沌とした思いを生みますが ”どうしてだろう”と答えを追求すれば 英知を生みます。

ただ単に辞典で答えを導いても知識には なっても知恵にはなりません。 答えを理解し自分のものとするまでは 混沌は続きます。

混沌を脱したとき1つの知識は過去に得た さまざまな知識と結合し知恵となり 物事の奥底に隠れる真の姿が見えてくる。 それが英知なのでしょう。

悲しみには喜びが潜み 怒りには慈しみが隠れている そのような言葉がかけられるように 英知を磨きたいと思います。

わたしは、まだ作品のように混沌とした状態です。 作品はわたしの心の鏡のようでした。


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